バシー海峡戦没者慰霊祭

ご挨拶

ご挨拶

実行委員長 渡邊崇之よりご挨拶

未曾有の戦死者を出した「太平洋戦争(大東亜戦争)」が終結し、79年という長い歳月が過ぎ去りました。子孫を残すこともなく無念を呑み込んで亡くなっていった日本の若者は実に200万人を超えました。

ここバシー海峡は、台湾とフィリピンの間に横たわり、日本にとっては今も昔も変わらぬ生命線とも言える重要な航路です。

潜水艦による「群狼(ぐんろう)戦法」をとったアメリカは、このバシー海峡付近で、南方に向かう日本軍の輸送船の多くを魚雷によって沈没させ、日本軍から“輸送船の墓場”と恐れられました。

この海での戦没者は「およそ10万人」とも「20万人以上」とも、一説には「26万」とも言われています。いまだ正確な数はわかっていませんが、おびただしい数の同胞がこの海で散華したにも関わらず、この惨事を知るものは僅かしかいません。

そんな中、バシー海峡の惨事を知る人々の間で、2015年の戦後70周年を機に、この忘れ去られた戦没者を盛大に慰霊しようという声が澎湃(ほうはい)として沸き起こってまいりました。

そこで、私ども台湾在住の日本人を中心にボランティアメンバーが集まり、日本、台湾の各団体が続々と協力を表明してくださり、短期間のうちに200名近くの方が慰霊のために集ってくださいました。

この戦後70周年記念の慰霊祭では公益財団法人交流協会台北事務所(現在の公益財団法人日本台湾交流協会)代表 沼田幹夫様より弔辞を頂戴しました。バシー海峡の戦没者に対し、日本国窓口機関の代表の方が参拝されるのは、戦後70年で初めての快挙でした。忘れ去られた戦没者がお国から認められた瞬間でした。

この慰霊祭をきっかけに、ご参列されたご遺族をはじめ、メディアでも多くの報道がなされたことで日本の皆さまからも、「是非慰霊祭を継続して斎行して欲しい」という要望が数多く集まってまいりました。

そこで、私ども実行委員会はご要望がある限りこの慰霊祭を毎年斎行していくこととし、今年で10回目となります。

79年前に終結した戦争で命を落とし、現在の日本の礎となった日本の兵士たち。私たち後世のものは、そのことに感謝し、頭を垂れ、そして戦没者たちの無念に対して、思いを馳せなければなりません。それが、戦没者たちの霊を慰める唯一の方法だと思います。

潮音時

今年も一人でも多くの方にここバシー海峡までお越しいただき、鎮魂のために、戦没者に感謝の誠を捧げ、永遠(とわ)なる平和を祈りたいと思います。

バシー海峡戦没者慰霊祭実行委員会
実行委員長 
渡邊崇之

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